2022-08-01から1ヶ月間の記事一覧
マンホール撮影だけで時間切れとなった2010年の山形村。2016年の信州車泊旅では村内に残る「道祖神」や石碑などを主目的に訪ねてみました。 山形村小坂・本殿上に「筒井筒小坂」と名付けられた「握手肩抱き双体道祖神」一基。「庚申塔」「文字碑」等4基。 …
東筑摩郡山形村(やまがたむら)は長野県のほぼ中央部、標高約700メートルの松本盆地南西部台地上に位置する村です。松本市、朝日村に隣接。村の西部は山地と集落、東部には肥沃な農地が広がり、観光道路「日本アルプスサラダ街道」や、奈良時代の創建と云わ…
白骨温泉を後にして158号線沿い、松本市安曇沢渡にある「さわんど湯の郷公園」で久々の足湯 ここは上高地方面へのバス発着場となっており、大きなリュックを背負った人が足湯を楽しんでいます。 梓川の流れが綺麗すぎて離れがたい あまりにも空が綺麗だった…
白骨温泉の中心から県道を少し下った先に、観光名所の一つ「竜神の滝」が見えてきました。普通に滝というと頭上高くから落下する瀑布をイメージしますが、こちらはもっと優しい陸の上の渓流といった感じ。 苔むす岩場の上方には、奥の見えない空洞が何処まで…
私の日常の中では決して目にすることのない景色、それはもうまるで別の世界の・・そう、例えば何かの挿絵のような非現実的な風景。何処までも続く林の木々は、春というのに芽吹きを忘れ、枯れた色の枝を何本も何本も空に向かって突き上げている。 県道横に設…
日本の真ん中、長野県のほぼ中央に「白骨(しらほね)温泉」と、何とも不気味な名前で呼ばれる温泉が有ります。手元のパンフレットには、北アルプス・乗鞍岳の山麓の中部山岳国立公園区域内にある白濁の温泉との事。話には聞いていましたが、まさか実際に行…
旧南安曇郡安曇村(あづみむら)は長野県中信地方の西部に位置した村です。大町市、穂高町、堀金村、三郷村、梓川村、奈川村、波田町、また県を跨いで岐阜県高山市に隣接。 村の西側にあたる岐阜県境は北アルプス飛騨山脈の最南端に位置し、焼岳や乗鞍岳とい…
松本市波田前渕に、松本電気鉄道上高地線「島々駅(しましまえき)」の建物が有ります。大正10年(1921)10月に部分開通した筑摩鉄道は、翌年9月26日に島々駅まで延伸開業して全通。北アルプス登山や上高地・乗鞍高原観光への出発拠点駅としてにぎわったと云…
松本市波田、上高地へ向かう国道158号線沿いの一画に、大正14年(1925)に建設された木造の「旧波多村役場」があります。 この建物を見つけたのは全くの偶然、旧梓川村から安曇村に向かう途中の事です。時間的に余裕がないを承知で、急遽車を停めて貰い、デ…
旧東筑摩郡波田町(はたまち)は上高地、乗鞍高原の玄関口であるアルプスの麓に位置した町です。山形村、朝日村に隣接。町域は梓川右岸の河岸段丘上にあり、標高は約700メートル前後。町北側を梓川が流れ、梓川の河岸段丘により南側から北側へ傾斜。また町の…
松本市梓川倭北大妻に「酒器:祝言双体道祖神」一基。「天保四年(1833)正月吉日」の刻。 道祖神の前に添えられたお線香立て・・多分地元の方に大切に祀られているのでしょう。そんな何気ない風景こそがなによりも美しいものだと、最近、しみじみと思うよう…
松本市梓川倭に鎮座される「岩岡神社」。御祭神は『瀬織津姫(せおりつひめ)神・建御名方神』。 『瀬織津姫神』は早瀬の穢れを清める祓神や水神等の性格を持つ、治水の神とされています。かってこの付近は、度々梓川の氾濫に見舞われ甚大な被害を受けていた…
松本市梓川倭に鎮座される「大妻(おおづま)神社」。御祭神は『大妻太郎兼澄、建御名方命』。 祭神である大妻太郎兼澄は、鎌倉時代に大妻の地に居館を構えていた武士。承久2年(1221)の乱の際、大妻の地を所有していた後鳥羽上皇側に付き、敗走後に山に入…
松本市梓川梓に鎮座される「大宮熱田神社」。御祭神は『梓水大神・熱田大神・天照大神・八幡大神』。鳥居額には「大宮大明神」。 「梓水大神は約1100年前の歴史書である三代実録に、清和天皇の貞観9年に神徳の高きにより、従五位下が贈られたと記載されてい…
旧南安曇郡梓川村(あずさがわむら)は長野県のほぼ中央西寄り、安曇野の南西部分に位置した村です。松本市、波田町、安曇村、豊科町、三郷村に隣接。西は黒沢山、天狗岩、大明神山を結ぶ尾根で安曇村と境界を接し、北は黒沢山、金比良山を結ぶ尾根、北黒沢…
松本駅前から鋭峰を見つめる「幡隆(ばんりゅう)上人像」。前人未踏の3,180メートルの高峰:槍ヶ岳の初登頂を果たし祠を建立。後に続く者の為に鉄鎖の懸垂に心血を注いだ偉大なるアルピニストである事を知る人は少ない。 ------------------------00-----…
松本市蟻ケ崎の「塩竈神社」境内入り口に、「握手双体道祖神」と「歌碑」各一基。 「文政六年癸未五月十□」の刻。更に「天保十二 辛丑年(1823)正月吉日 蟻崎邑 白板村」の刻。この二つの刻は、 道祖神盗みで白板村から運んだものと言う意味。松本市の道祖…
松本市内田に有る真言宗寺院「清水山:常楽寺(じょうらくじ)」。『平和聖観世音菩薩』を本尊とします。 寺伝に「信州筑摩三十三カ所観音霊場第十三番札所。「金峯山:牛臥寺」の末寺として延宝三年(1675)に創建と伝えられる。」 境内には沢山の巨木 松本城…
牛臥寺~Ⅰ~で境内のあらかたの紹介は終わりました。~Ⅱ~では観音堂の彫刻や、奉納されていた絵馬などを中心に紹介します。 向拝彫刻は、花を散らし楽を奏する「飛天」 「波に鶴」安政六年巳未五月吉日 松本藩:林久親 奉納。奉納額のタイトルは勝手につけ…
松本市内田、鉢伏山(1,929メートル)の西側中腹に位置する真言宗智山派寺院。「金峯山:牛臥寺(ごふくじ)」。『十一面観世音菩薩』を本尊とします。 「信濃三十三観音霊場二十七番札所」「信州筑摩三十三カ所観音霊場九番札所」 「寺伝によると、天平勝宝…
松本市内田にある「馬場家(ばばけ)住宅」。江戸時代末期の長野県西南部を代表する民家建築として、1996年に国の重要文化財に指定。 指定要素には建築物だけではなく、敷地、景観も含まれているため西側の道路を挟んだ向かいの畑までが重要文化財の指定範囲…
旧松本区裁判所庁舎を出たら、左手に見える「石置き板葺き屋根」の建物へと向かいます。松本市歴史の里、そのⅡでは、明治時代の輸出総額の3分の1を支えていたと言われる、生糸の生産に関わる建物の紹介です。 明治から大正期にかけて生糸の生産に関わった…
松本市島立、静かな田園地帯の一画に、江戸時代後期から昭和時代までの歴史的建造物を集めた「たてもの野外博物館:松本市歴史の里」があります。 広い駐車場の片隅に祀られたささやかな祠、神域は塵一つなく、穏やかな空気で満たされています。 私たちを出…
松本市蟻ケ崎にある曹洞宗寺院「日光山:放光寺(ほうこうじ)」。平安時代後期の作で松本地方最古に属する木造秘仏『十一面観音』を本尊とします。 「松本三十三番札所第25番」「信濃府三十四番札所第2番」。「松本日光」「信濃屈指の厄除観音」として知ら…
松本市里山辺に建つ真言宗智山派寺院「恵日高照山:兎川寺(とせんじ)」。『千手観世音菩薩』を本尊とします。「松本三十三番観音霊場第33番札所」。「筑摩三十三番観音札所第2番札所」。「信州七福神:寿老人」。 「当山は聖徳太子の創建と伝えられ、飛…
ヒマラヤ杉に囲まれた「あがたの森公園」入口。石柱の門札は向かって左に「あがたの森公園」。右に「松本高等学校跡地」。 「旧松本高等学校本館:建物は、西洋建築様式を簡略化して応用した洋風木造建築で、明治末期から大正時代前期にかけての代表的作例と…
松本市里山辺薄町に残る「旧山辺(やまべ)学校」。決して遅い時間では無かったのですが生憎の曇り空、昨日の開智学校に比べるとかなり地味な印象は否めません。 明治6年(1873)に兎川寺の本堂を校舎として発足した「兎川(とせん)学校」。 それから12年後…
「旧開智学校」の二階から見えた薄いブルーの建物。今日はその「旧司祭館」の紹介です。 「旧司祭館は、明治22年(1889)にフランス人のオーギュスタン・クレマン神父により、松本城のすぐ北側に建設された西洋館です。以後、100年近くにわたり松本カトリック…
開智学校旧校舎、いよいよ校舎内の見学!!、二人分の感嘆符付きですが(笑)予想を裏切らない見事な建築美を目にして、出るのは感嘆のため息と称賛の言葉のみ。これ・・校舎内の廊下を歩いていますなんて、誰が信じる? 入口でスリッパに履き替えたらさっそ…
車泊の予定地として信州を選んだ時、わずか二日間で何処を見て回るか・・予定を組むのにかなり苦労しました。観光案内で見る信州はあまりにも魅力的で、そこにマンホールだの狛犬だの道祖神だのを組み込もうというのですからと・・言い訳は先にすませた処で…